17年ぶりに 我が師匠 ミキが BsAsから帰ってきました

今から  20数年前
ワタシが社交ダンスの教師になって  15年くらい経った頃
ある 生徒さんが 
 「先生  タンゴが  違うんです、組み方も  踊り方も全部違うんです・・・」
と  言ってきました
その方は  タンギート木田さんが主催していた アルゼンチンタンゴの会を手伝っていて
アルゼンチンタンゴの  踊りを見て  ワタシに そう言ってきたのでした
ワタシも 好奇心旺盛に  その会に 行ってみたら
本当に  音楽も  踊り方も 全く 違いました
その方が  「私も  あれを習いたい」というので
「それでは ワタシが 習って  それを 教えてあげましょう、
   誰か  いい 先生は  いますか?      」
というと
後日  東高円寺 で フリオ&ミキ という タンゴダンサーが教えているというので
おそるおそる   行ってみました
東高円寺の 冷房もない スタジオで
4,5人の方が  習っていました
その当時  アルゼンチンタンゴは 
来日した  タンゴショーのダンサーたちから 教えてもらった
ショーダンスのステップを 愛好家の方々が 踊っていたようで
サロンタンゴというのが なかったといいます
フリオ&ミキが  初めての 日本で
流れるように歩く サロンタンゴ を教えはじめました
ワタシも 種類は違っても 長年 カップルダンスを やってきていますので
フリオ&ミキ を 見て  そのすごさは すぐにわかり
じょじょに アルゼンチンタンゴに  惹かれていきました
最初は  少なかった 生徒も
彼らの 踊りが浸透し  テレビや ショーで活躍し始めるとふえていき
東高円寺から 吉祥寺へと  スタジオ を 変えました
吉祥寺の頃は  ワタシは時間が合わず  クラスには行けませんでしたが
アウロラ&ホルヘ フィルポの 助けで  ブエノスアイレスに行ったりして
ますます タンゴに のめり込んで 行きました
フリオ&ミキは 数年後 ブエノスアイレスに 帰っていきました
そして  その彼らは クラスを 月曜の練習会を立岩真理子さんに そして金曜を リリアナに
土曜を ワタシに 託していきました
立岩真理子さんは  練習会を 「フリオ&ミキ友達の会」から
「タンゴプラクティカ」として 吉祥寺から 渋谷に
そして今は  代々木のEFECTタンゴで 火曜日に やっています
ワタシと リリさんは 一緒に活動をはじめ
場所は変わりましたが 今でも 吉祥寺で 教えています
フリオ&ミキは  ブエノスアイレスで  別々の道を 歩み始めましたが
ブエノスアイレスに行くたびに  ミキの アパートを訪ね 親交を
深めています
ミキは  二人の 甘えん坊でヤンチャな 男の子を育てながら
名ダンサー プピのパートナーをしたり  ソレダとユニットを組んだり
また 女優として  数々の 映画に出演したり  たくましく  暮らしています
あの 大人しそうな  笑顔からは 想像もできない芯の強さ
日本舞踊から始まり  様々な ダンスを求め  世界を歩き回ったたくましさ
本当に  不思議な ひと です
その ミキが 17年ぶりに  日本に 帰国しました
昨日は 立岩真理子さんの プラクティカで ミキの 歓迎会が  ありました
その頃を知る  人たちが  たくさん集まり  再会を  喜び合いました
縁  とは  不思議な ものですね
ミナトさん という 生徒さんが 「 タンゴが 違う、、」と 言わなければ
ワタシは  アルゼンチンタンゴと出会っていなかったでしょう
フリオ&ミキに 出会わなければ  
そして彼らが  ブエノスアイレスに 帰らなければ
アルゼンチンタンゴを 職業と していなかったでしょう
そこから 産まれた 縁が  たくさんのものを  紡いでくれました
20年前に  ミキが 落としていった 種子で たくさんのものが 生まれていきました
冥機冥応
昨日の  プラクティカに 行って  そんなことを感じました
2/15 (日)タンゴオリジェーロ  14:00~
その 我らが 師匠 ミキを 迎えての ひととき お楽しみください
また 木曜18:00~21:00、金曜18:00~21:00、土曜17:30~20:30の 吉祥寺クラス
ミキが 教えますので(もちろんリリケンもいます)
この機会だけでも  よろしい ですので
ぜひ ミキの レッスンを 受けてみてください
そして その 波乱の人生を 聞きましょう

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